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最高裁判所第三小法廷 昭和23年(れ)1699号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人保坂政治郎同海野普吉及び同中島武雄の上告趣意第三點について。

論旨は、原判決が被害者の職名又は係を示しただけで、その職務行爲の内容を具體的に判示しなかったことを非難している。しかし原判決には、初鹿野驛の小荷物驛手と判示してあるので、それが停車場における小荷物に關する業務であることが明かである。證據として引用されている原審公判における被害者の供述(記録九九丁表)によれば右の驛における被害者出勤日の小荷物係は被害者町田忠治唯一人であった。そのように驛員の少い停車場に於ては、小荷物を扱う業務は細分して分擔することができないから、小荷物の受付、計量、料金収納、プラットフォームへの運搬、列車への積卸し等小荷物に關する凡ての業務を、被害者が唯一人で擔當していたものであることが推知される。これ等の業務を遂行するため、殊に何時來るかも知れない小荷物託送者に應接して小荷物を受授するためには、係員は絶えず職場に待機していなければならない。原審公判廷に於て、裁判長が「小荷物係は汽車の発着時は席にゐて仕事をしなくてはならないのだね」と問うたのに對して、被害者は「左様です」と答えているが、これは小荷物係の最も主要な業務を示すだけで、業務がそれに限られるという譯のものでないことは、上の説明で明かであろう。かように被害者の職務の内容は、原判示から自ら推知せられるから、これを以て所論のように理由不備の違法あるものとは言い得ない。論旨は理由がない。

なお論旨はその序論において列車の発着時における「小荷物の授受以外に他に何か從事しなければならない業務があったかどうか、又小荷物授受に附膸する何かの業務があるかどうかについては、全記録を見ても何等記載されていない。從って左様なものは、なかったものと見なければならない。」と主張しているが驛員の少い小驛における小荷物係の業務はその性質上、上記のようなものであるのみならず、記録(四二丁表)を調べてみると、町田忠治に對する檢事の聽取書には、「仕事は小荷物係で小荷物の受付及各客車の小荷物を発着の都度授受して居ります」という陳述がある。又判示の驛の助役廣瀬豊は、原審公判廷に於て、辯護人から、「田舎の驛は分擔は定まっているが下端の者はその時に應じて出札や掃除等もやる事があるかと問われて、「人が足らないので役割は一應定めてありますが、その時により色々やります」と證言している。

同第一點について。

被害者町田忠治の職務は前記の通りであるから、それは性質上絶えず待機していなければならないものであるのみならず、公益性強く時間の厳守を最も尊ぶ交通業從事員としては、列車発着の直前に於ては待機の必要特に顕著である。しかるに原判示及び擧示の證據によれば被告人は、十二時四十分頃判示驛のフォームに於て被害者を毆打したが他の驛員から仲裁されたので更に同人を驛から約八十米離れた場所に引き出した上で毆打し、その間に十二時五十七分及び五十八分の列車が発着したというのであるから、驛から連れ出したのは列車発着の直前であったことが推知せられる。原判決がかような状態にあった被害者を「擔當業務に従事中」と判示したことは相當と言わなければならない。

原審公判廷における被告人の供述は、原判決が證據として採用しているものであるが、右の公判に於て、裁判長が第一審判決理由摘示の犯罪事実を讀聞かせて「この事実はどうか」と問うたのに對して、被告人は「その通り相違ありません」と答えている(記録八五丁裏)。そして右の第一審判決は、「同驛ホームで折から上り下り旅客列車の小荷物授受の業務に從事中の右町田」に暴行を加えて公務の執行を妨害した旨判示している。

右の通りであるから原判決が、被害者の擔當業務從事中と判示したことは、所論のように、證據によらずして事実を認定するという違法を犯したものとは云えない。論旨は理由がない。

同第二點について。

原判決の理由前半に「前示擔當業務に從事中」というのは、前に述べたような待機という任務をも含めてのことであり、後半に「上下の旅客列車が同驛に発着したが同人は前示擔當業務を遂行し得なかった等約十分餘に亘り町田の業務遂行に支障を與え」というのは、右業務の中特に主要な列車発着時の業務を主として指すものと解するならば、所論のように原判決の理由に齟齬があるというのはあたらない。論旨は理由がない。

同第四點について。

右三點について説示した通り被告人は業務に從事中の被害者を職場から拉し去って毆打し、以てその公務の執行を妨害したものであるから、原判決がこれに刑法第九五條第一項を適用して處斷したのは正當であって、所論のように罪とならない事実に對して刑法を適用處罰した違法はない。論旨は理由がない。

以上の通り、原判決には説示に精密を欠く憾みはあるけれども、破毀を免れぬという程の違法はないから、舊刑事訴訟法第四四六條に從い主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員一致の意見によるものである。

(裁判長裁判官 長谷川太一郎 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

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